大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(う)2251号 判決

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、関係証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件当時警視庁碑文谷警察署交通課交通執行係機動警ら担当(いわゆる白バイ乗務員)として勤務していた巡査甲斐重武(当時二九年)は、当日午前九時二〇分ごろ、同署管内の走行警ら及び管内二か所(本件道路の南一丁目交差点付近と目黒通りの都立大学前交差点付近)の街頭監視のため、制服及び白色ヘルメツトを着用のうえ、交通取締用自動二輪車(以下「白バイ」という)に乗つて同署を出発した。なお、交通取締りの際必要となる反則切符、整備通告書等の書類綴りは、白バイ後部に備え付けられている書類ボツクスに収納されていた。同日午前一〇時八分ころ、甲斐巡査は、目黒区南三丁目三番二号東亜化学工業所ガソリンスタンド前よりも幾分大森寄りの歩道上に大森方向を向いて立ちながら、本件道路を大森方面から代田方面に向け進行してくる車両に対して監視を行つていた。この時点において、白バイは、右ガソリンスタンド前よりも二〇数メートル大森寄りの最も歩道寄りの車線上(歩道縁石沿い)に代田方向を向いて停車させてあつた。

(二) 被告人は、本件当時、江戸川区春江町所在の有限会社阿賀建設工業にダンプカーの運転手として勤務していた者であり、本件当時まで大型自動車第一種免許及び大型特殊自動車免許に基づく一四、五年の運転経験を有していた。本件当日は朝から杉並区内の東京都清掃工場建設現場の残土運搬作業に従事し、午前一〇時八分ころ、右現場へ残土を積みに行くためダンプカー(以下「ダンプカー」という。)を運転して本件道路を大森方面から代田方面に向け毎時四〇ないし五〇キロメートルの速度で進行して前記ガソリンスタンド前手前付近に差しかかつた。

被告人は最も中央線寄りの車線上を走行してきたところ、速度表示灯のうち左側灯が故障のため点灯していなかつたので、甲斐巡査から停止を命ぜられ、ダンプカーを前記ガソリンスタンド前の最も歩道寄りの車線上に停止させた。

(三) 甲斐巡査は、停止したダンプカーの運転席のすぐ外側の路面に立ち、右の運転席に坐つたままの被告人に対し、取調べをしていたが、やがてその場から白バイの方へ歩きかけると、被告人はすぐにダンプカーをそのまま代田方面に向け発進させた。甲斐巡査は足早に白バイの停車位置に戻り、直ちにこれに乗つて、同じく最も歩道寄りの車線上を代田方面に向け発進し、先行するダンプカー(その速度は毎時二六キロメートルを超えなかつた。)に左後方から接近していつた。

(四) 前記ガソリンスタンド前から約一四〇メートル代田寄りの地点で、白バイはダンプカーの左後方約二メートルに近づき、ダンプカーの左側面と歩道縁石との間の約一・一メートルの通行余地に進出しようとしたところ、ダンプカーはその進路を左に、すなわち歩道縁石の方に変えた。このため、白バイは、右の通行余地に進出できず、ダンプカーのすぐ左後方に追随したまま進行を続けた。

両車両はほとんどそのままの位置関係を保ちながらその後九〇メートル余り代田方面に進行し、大岡山小学校前交差点にさしかかるころ、白バイはダンプカーの後部の左側方に生じた通行余地に進出し、ダンプカーと並進状態になつたところ、ダンプカーは再度左側に進路を変更したため、白バイはダンプカーと歩道縁石上に設けられているガードレールとの間に挾まれ、その車体が一部ダンプカーと接触してふらつき、甲斐巡査は白バイの進行を停止し、転倒を防いだ。

(五) 甲斐巡査は、右のように白バイを停止させたのに対し、ダンプカーはいつたん減速した後従前よりも高速度に加速気味に進行を続けたため、ダンプカーに遅れた白バイは、直ちに態勢を立て直し、ダンプカーの右後方から赤色灯を回しサイレンを吹鳴しつつ急加速しながらこれを追い上げ始め、右交差点内を通過した。ダンプカーが本件衝突地点の手前約二〇メートルに至つたとき、白バイはダンプカーの右後方約五メートルの位置に追いついたが、続いてダンプカーは毎時約四五キロメートルの速度のまま左側車線から右側車線へ何ら進路変更の合図を送ることなくその車体を移動させ始めた。この直前の時点で右側車線上には菅原裕運転の四トン積み貨物自動車が同一方向に進行していたが、菅原は白バイの前記サイレン吹鳴を耳にするや直ちに減速したため、ダンプカーはたちまち菅原運転車両を追い越し、しかも同車両との間に間隔を生じさせない態様で、その前に入り込み始めた。ところが、白バイは右の進路変更に相前後して右二車両の間隙を縫うように菅原運転車両を追い越しつつ、ダンプカーの後部の右側方数十センチメートルのところに並び、ダンプカーと中央線中心との間の約二メートルの通行余地を進み、ダンプカーの運転席のすぐ右脇を追い越し、ダンプカーの右前方へ抜き出ようとした瞬間、ダンプカーは対向車線へはみ出さんばかりの角度で急激に右転把し、車体の右前部を白バイの左後部に衝突させ、甲斐巡査を白バイもろとも路上に転倒させ、ダンプカーの下方に巻きこんで轢過した。そのため甲斐巡査は頭蓋複雑骨折、脳挫滅等により即死するに至つた。

(六) ダンプカーは、白バイに衝突した後直ちにハンドルを左に戻したが、その場は格別ブレーキ操作もないまま進行を続け、本件衝突地点から約一八〇メートル代田寄りの地点で左側車線上に停止した。被告人は、すぐ本件衝突地点近くの歩道上へ戻つて来たところ、近所の住民や本件衝突を目撃した自動車運転者ら十数人が、「ひどいことをするもんだね。誰がやつたんだろう。」などと話をしているのを聞き、「俺だよ。」、「あんな文句をつけるから、こういうことになるんだ。」、「ざまをみやがれ、いい気味だ。」などと口走り、何ら慌てたり、悪びれたりする様子がなかつた。

以上の事実が認められる。……(中略)……以上に検討したところを総合して考察すると、ダンプカーが白バイと衝突する直前に急激に右に進路を変えようとした際、換言すれば、被告人が右に急転把しようとした際、被告人が、甲斐巡査が乗車する白バイがダンプカーの右側方に追随して来て、右前部の運転席近くを走行していること、及びその進路前方に向けダンプカーを急激に右転把すれば甲斐巡査が安定を欠きその運転の自由を失うか、又はダンプカーが白バイに衝突するかして白バイを転倒させ、甲斐巡査に傷害を負わせることがあることをそれぞれ認識していたこと並びにそれにもかかわらず白バイの進行を妨害するために敢えて急激な右転把をしたことを認めるに十分である。

被告人は原審公判廷における供述及び捜査官に対する各供述調書において、白バイがダンプカーの右前部の右側方直近に走行してきているのに気づかなかつたと終始否認の供述をし続け、白バイとの衝突を招いた右転把の原因については、左側車線上の前方の車両の速度があまり速くなく、右側車線の方が空いていたので進路変更のため右転把した(捜査官に対する供述調書)、左側車線上のすぐ前方に先行車があり、その速度が余りに遅かつたため、右側車線に進路変更した(原審公判供述)と弁解している。しかしながら、これらの弁解は、右転把の原因であつたとする左側車線上の先行車の車種、特徴、位置、速度等につき納得できる具体的な説明を欠いているのみならず、左側車線から右側車線への進路変更を何ら合図なしに行つた点、更には対向車線上にはみ出すような急激な右転把をした点に関し何ら合理的な理由を説明していないなど、その内容自体不自然である。

のみならず、右の弁解及び否認を含む被告人の本件に関する供述は、他の証拠により認められる前記事実と重要な点で矛盾し、極めて不自然なものとなつているのであつて、結局被告人の前記否認及び弁解は到底措信することができない。むしろ、前記各事実のとおり、職業運転者である被告人としては、白バイに気づくのが当然であり、かつ、気づいていたからこそ生じたとしか理解できない多数の事実に徴すると、被告人の右の否認や弁解にかかわらず、被告人には前認定のような傷害の故意があつたと断ぜざるを得ないのである。そして、記録を精査し、さらに当審における事実取調べの結果に照しても、右の認定を左右すべき事由は何ら見出すことができない。

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